【レビュー】名探偵コナン ハイウェイの堕天使

名探偵コナン ハイウェイの堕天使

レビュー

ハンドル握ったら鬼の女、千速

劇場版『名探偵コナン』も今年で29作目。シリーズの中での立ち位置としては、ゼロの執行人のような直接の続編というよりも、「萩原千速」という一人のキャラを劇場規模で立体化させることに振り切った作品でした。

個人的に、本作で評価点として残ったのは千速ひとつ。逆にそれ以外の構造、特にメインに据えられた恋愛要素まわりは毎度のシリーズ定番病が顔を出してしまったかなと感じました。

千速だけは満足。

赤リップに金髪ロング、よく笑うのにハンドル握ると人格変わる

千速は神奈川県警交通機動隊の小隊長で、肩書はPVや公式サイトでも紹介される通り「風の女神様」。赤リップに金髪ロングのキレイ系お姉さんで、コナンシリーズの女性キャラの中ではかなり目を引くビジュアルです。

ただ、本作で見えてくる千速の本質はビジュアルの華やかさだけではなくて、よく笑うし人をいじるしチャーミングな一方で、ハンドルを握った瞬間に人格が変わるタイプ。表のニコニコと、裏の鬼みたいな運転スタイルのギャップが、かなり強烈に立ち上がっていきます。

そのうえで、ふと一人になった瞬間に陰を見せる。「あのとき、お前は何を言おうとしてたんだ…」と謎を追っていく姿が、千速というキャラの輪郭をかなり立体的にしていく感じがしました。

萩原研二の姉、という設定の重み

千速のキャラを成立させているもう一つの軸が、萩原研二の姉、という設定です。

萩原研二は作中で異性に人気のナルシストイケメンキャラで、セリフも爽やかでかっこつけ。爆弾処理班に配属されて、爆破処理中に殉職してしまった、警察学校組の一人です。同期の松田陣平とは昔からの仲で、姉弟して警察官という家系。

ハロウィンの花嫁では松田陣平の爆破殉職が物語の背骨に置かれていましたが、本作はその系譜を、研二の姉である千速の視点から塗り直す構造になっているのが見どころ。「あのとき、お前は何を言おうとしてたんだ…」という千速の独白が、爆死した弟の最期の言葉が分からない姉の動機として綺麗に繋がっていきます。

ナルシストイケメンの弟と、ハンドル握ったら鬼の姉。この対比が美味しい!

田中敦子さんから沢城みゆきさんへ

そしてもう一つ、本作を語る上で外せないのが千速役の声優交代の文脈です。

これまでテレビアニメで千速を演じていた田中敦子さんは、2024年8月にお亡くなりになりました。攻殻機動隊シリーズの草薙素子役で長く愛された実力派ベテランで、コナンではメアリー・世良と萩原千速の二役を担われていた方です。劇場版の千速主役回が動き出すタイミングでこの大きな喪失があったのは、シリーズファンにとってもかなり重い出来事でした。

その後任として2025年8月末に発表されたのが沢城みゆきさん。テレビアニメで千速が初登場した回でも「田中敦子さんへの敬意を忘れず演じている」という評がすでに出ていて、本作でも違和感なく馴染んでいたなと思います。前任の方への敬意と、新しい千速としての疾走感の両方を背負った演技で、ここは静かに大事に観たいポイントでした。

相変わらず物理を超えていくバイクアクション

コナン映画は物理を超えていくアクションがむしろ代名詞でもあるので、ツッコミどころ満載なのは安定運転と言って差し支えないかなと思います。

予告の時点で、バイクが宙を舞うアクション、コナン映画定番の爆破シーンが大量、そして極めつけはミニパトの上部が削れてなくなっても走り続けるシーンと、もう物理法則は最初から振り切ってきていました。

絶対無理。

それでも本編に入ると、千速のバイクアクションがさらに新しい到達点を更新してきます。「あんなバイクは絶対直撃したら痛い」とか「あの状態で走り続けるのは無理だろう」みたいなツッコミが脳内で何度も湧くのですが、コナンシリーズの劇場版を毎年観ている身としては、これくらいやってくれないとむしろ物足りないというところで、ここの振り切れ方は素直に楽しめました。

舞台は神奈川モーターサイクルフェスティバル開催中の横浜・みなとみらい。ハイウェイ題材を活かした追跡シーンと、最新技術搭載の白バイ「エンジェル」のお披露目シーンが、それぞれ別の質感のアクションとして配置されているのも良かったかなと思います。

ハロウィンの花嫁の系譜を、姉視点で塗り直す

シリーズ文脈の話に戻ると、本作はゼロの執行人の直接の延長線というよりも、ハロウィンの花嫁の警察学校組の系譜を、姉視点で塗り直していく作品だなという印象を強く受けました。

漫画原作には、松田陣平と千速の縁を匂わせるエピソードが2回ほど散りばめられていて、コアファン以外には知られていない隠し味になっているのですが、本作はそこを劇場規模で前面化させた構造でもあります。原作既読組には「あのときの伏線がここで回収されるのか」というご褒美が用意されていますし、未読組にも姉が弟と弟の同期に向ける感情のグラデーションとして自然に観られるようになっていました。

敵バイクの呼称「ルシファー」は、お披露目された白バイ「エンジェル」と対になるネーミング。その正体や動機については本編で初めて見えてくる構造なので具体的には書きませんが、エンジェルのお披露目とルシファーの暴走が無関係ではない、という方向で物語が組まれているのは確かです。タイトルの「ハイウェイの堕天使」も、観終わってみると詐欺感はなく、堕天使という比喩がきちんと中身に対応していました。

ゲスト声優は横浜流星と畑芽育のお二人。横浜流星のキャラは、声がそのまま俳優の顔を呼び出してきてしまう感じがあって、個人的にはちょっと顔がよぎりすぎるなと思いました。畑芽育の方は、上手いとは言えないけれど違和感はなく、過去に酷評されてしまった一部のゲスト声優のような炎上案件にはならなさそうな仕上がりです。

またかと言いたくなる恋愛要素のごり押し

ここからが本音吐露パートです。

千速というキャラの解像度が高くなった一方で、本作のメイン軸には横溝重悟との恋愛要素がしっかり織り込まれています。漫画でも要素として描かれていた縁ではあるのですが、直接的な恋愛関係というほどでもなく、映画初見の人にはほぼ初対面の絡みとして提示される類のものでした。

そこに違和感があるのは、横溝重悟側の照れ感や乙女心みたいな描写の演出。神奈川県警側の見せ方が急に乙女モード入ってきたな、というところで、千速の鬼運転と研二との姉弟感で立ち上げてきたシリアスな空気がふっと薄まってしまいます。あんなに強い千速の物語に、なぜここを刺し込まないといけなかったんだろうと毎度のように思ってしまうわけです。

またか。

そしてこの「またか」、実はここ数年連続で抱いている感想だったりします。黒鉄の魚影でのコナンと灰原、五稜星での平次と和葉、隻眼の残像での敢助とゆい、そして今年の重悟と千速。直近4作連続で、メインの事件構造の中に新キャラあるいは既存キャラの恋愛要素が割り込んでくるパターンが続いているのですが、もう少しメイン軸に集中させてくれてもいいのではないかなと思わなくもないです。

恋愛要素を盛り込めば集客が見込めるという発想で組まれているのかなと感じる場面もあって、シリーズとして愛しているからこそ、ここはちょっと言いたくなる部分でした。

まとめ

いつまで恋愛要素ありきでストーリーが作られていく流れが続くんだろう、というのが正直な読後感です。

ただ、それでも千速というキャラがこれだけ立体化したこと自体は確実に収穫で、田中敦子さんから沢城みゆきさんへ受け継がれた声と、研二の姉という設定の重みが合わさった瞬間は本作でしか味わえないものでした。

そして来年は記念すべき劇場版30作目。次の予告でどんな予感をもらえるのか、毎度のお楽しみとしてやっぱり期待してしまうところで、結局また来年も観に行ってしまうんでしょうね。

千速だけは、観る価値あり。


作品情報

あらすじ

コナンと蘭・園子・小五郎は、バイクの祭典「神奈川モーターサイクルフェスティバル」が開催される横浜・みなとみらいに、バイク好きの世良真純と向かっていた。するとコナン等が乗った車の上を飛び越え現れた、暴走する謎の”黒いバイク”。それを追っていたのは、蘭がいつか見た「風の女神様」神奈川県警交通機動隊の萩原千速だった―しかし激しいカーチェイスの末、千速のバイクは大破し、あと一歩のところで取り逃してしまう。

その後、コナン等が横浜のフェス会場に到着すると、ある最新技術を搭載した白バイ「エンジェル」のお披露目が行われていた。そんな中、暴走した”黒いバイク”が今度は都内に出現し、警視庁の追跡をも振り切ったという情報が。目的不明な暴走だが、その車体が「エンジェル」に酷似していることが分かり、黒いエンジェル…「ルシファー」と呼び、追跡を続ける。犯人の正体、そしてその目的とは一体何なのか―

そしてなぜか千速の脳裏によぎる、弟の萩原研二とその同期・松田陣平との記憶…

旋風巻き起こす史上最速<リミットブレイク>バトルミステリー、いざ開戦<レーススタート>!!

引用元:劇場版『名探偵コナン ハイウェイの堕天使』公式サイト

トレーラー

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